薬を飲ませる。
食べた量を見る。
トイレを片づける。
夜中に起きて様子を確かめる。
それが毎日の一部になっているうちに、気づけばずいぶん疲れていた、ということがあります。
「もう無理かもしれない」
「少しだけ休みたい」
そんな気持ちが出てくる日もあります。
そして、誰にも言えないまま、自分の中にしまってしまう。
このページは、そんな日のために書きました。
かわいいと思えない日があっても
夜中に何度も起こされて、うんざりしてしまった日。
汚れた寝床を替えながら、ため息が出た日。
薬を飲ませようとして逃げられて、つい強い声が出てしまった日。
そのあと、ほんの一瞬、
「これが、いつまで続くんだろう」
と思ってしまった日。
そして、そう思った自分を責めてしまう。
こんなに小さくなった子に、どうしてあんな言い方を。
あんなに大切だったはずなのに、と。
でも、大切だから気にかけてきた。
大切だから、眠れない夜も起きた。
その毎日が長く続けば、疲れます。
疲れたことと、この子への気持ちは、別のことです。
こうした気持ちは、介護が続く中で起こりうるものです。
海外でも、病気の猫と暮らす飼い主さんの負担について研究されています。
慢性腎臓病の猫と暮らす飼い主さんを対象にした英国の調査では、診断後に日常生活が大きく変わったと答えた人や、猫のお世話によって自分の生活が制限されていると感じている人がいました。
また、慢性腎臓病などの病気を抱える猫の飼い主さんへの聞き取りでは、見守り続けることや先の見えない不安、毎日のお世話による心や生活への負担も語られています。
介護をしていて疲れたり、苦しくなったりするのは、あなただけではありません。
ただ、口に出しにくいから、あまり語られないだけです。
↑ 目次へ戻るシニア猫の介護でつらいのは
一生懸命お世話をしても、必ず良くなるとは限らないことです。
できることを続けているのに、
食べる量が減る。
体重が落ちる。
昨日できていたことが、少しずつできなくなっていく。
すると、
「もっと何かできるんじゃないか」
「まだ知らない方法があるんじゃないか」
という気持ちが出てきます。
調べれば、新しい治療も、元気になったほかの子の話も、いくらでも見つかる。
ひとつ見落としたら申し訳ない気がして、探すことをやめられなくなる。
そうして、体力だけでなく、気持ちまで削られていきます。
シニアの病気には、治すことよりも、穏やかな時間を守りながら付き合っていくものもあります。
だから、飼い主さんのがんばりが「元気になった」という分かりやすい形で返ってこないこともあります。
それでも毎日、お世話は続く。
そこが、この介護のつらさのひとつだと思います。
↑ 目次へ戻るずっと「決める側」でいることも疲れます
介護では、毎日のように小さな判断をします。
今日はあまり食べないけれど、様子を見ていいのか、病院へ行くのか。
この薬は続けるのか。
嫌がっているけれど、やったほうがこの子は楽になるのか。
どれも、ひとつの正解が用意されているわけではありません。
いちばん近くで見ている飼い主さんが、迷って、決める。
そして翌日には、また新しい判断がやってくる。
体を動かすことだけでなく、決め続けることも、目に見えない疲れになって積み重なっていきます。
↑ 目次へ戻る続け方を変えてもいい
つらくなってきたとき、「このままがんばるか、やめるか」の二つだけで考えなくて大丈夫です。
その間には、いくつもの続け方があります。
自宅でしている処置を、しばらく病院にお願いできないか。
薬の回数や形を変えられないか。
通院そのものが負担なら、往診が使えないか。
こうした相談を、かかりつけの先生にしてみてもいいと思います。
「家で続けるのが、難しくなってきました」
と伝えてかまいません。
それは、治療をあきらめる相談ではなく、続けていくために続け方を変える相談です。
「私も少し疲れています」
それも、先生に言っていいことです。
そして——頼れる家族もいなくて、預けられる先もなくて、ひとりで看ている人もいます。
誰かに代わってもらいたくても、それができない人もいます。
そんなときは、ひとりで続けていることも含めて、かかりつけの先生に伝えてみてください。
手が足りないこと。
ひとりでやっていること。
夜も眠れていないこと。
すべての負担をなくすことはできなくても、処置の方法や回数を見直したり、優先することを整理したりできる場合があります。
病院によっては、往診や短時間・短期間の預かりについて相談できることもあります。
ひとりで抱えているものを言葉にすることで、今の状況でできる方法が見つかることもあります。
↑ 目次へ戻る言えないことが、いちばん苦しいこともあります
介護のつらさは、誰にでも話せることではありません。
「猫のことで、そこまで?」
と思われるのが怖い。
もっと大変な人もいるのに、自分が弱いだけかも、と飲み込んでしまう。
でも、飲み込んでも、その気持ちはなくなりません。
同じようにシニア猫と暮らした人に、
「今日はちょっとしんどい」
と言えるだけで違うことがあります。
答えはいらない。
「わかるよ」
と返ってくるだけで、少しゆるむことがあります。
↑ 目次へ戻る少し休んでもいい
半日でも誰かに、と思っても、
「この間に何かあったら」
と考えて、結局休めないこともあります。
それでも、ずっと気を張り続けるのは苦しいものです。
少し眠る。
温かいものを食べる。
外の空気を吸う。
その子のことを考えなくていい時間を、ほんの少しだけつくる。
休むことは、この子を置いていくことではありません。
この子との暮らしを続けていく中で、自分の体にも休む時間をつくることです。
↑ 目次へ戻る自分のことも、そこまで後回しにしないで
介護が続くと、自分のことは後回しになります。
食事は簡単に済ませて、眠る時間は短くなって、自分の不調には気づかないふりをして。
もし、
眠れない日が続いている。
何をしても気持ちが動かない。
涙が止まらない。
朝が来ること自体がつらい。
そんな状態が続いているなら、心や体の疲れが、かなり大きくなっているサインかもしれません。
それは、「がんばりが足りない」という話ではありません。
そのときは、猫のこととは別に、自分のつらさも誰かに話してください。
かかりつけでも、心療内科でも、カウンセリングでもかまいません。
↑ 目次へ戻る楽になりたい。でも、失いたくない。
しんどい日には、
「もう少し楽になれたら」
と思う。
でも、介護から解放されることを考えると、その先にこの子がいないことまで一緒に浮かんでしまう。
だから、
「楽になりたい」と思うことさえ、苦しくなる。
どちらかが嘘なのではありません。
疲れているから、休みたい。
大切だから、まだ一緒にいたい。
その二つは、一緒にあっていい。
「いつまで続くんだろう」と思った日があっても。
かわいいと思えなかった瞬間があっても。
それだけで、この子への気持ちが消えたわけではありません。
楽になりたい。
でも、失いたくない。
その二つが一緒にあること自体が、
この子と生きている今なんだと思います。
↑ 目次へ戻る参考にした資料
-
Spitznagel MB, Gober MW, Patrick K. Caregiver burden in cat owners: a cross-sectional observational study. Journal of Feline Medicine and Surgery. 2023;25(1).
病気の猫を介護する飼い主さんの負担について調べた研究 -
Elliott J, Reyes-Hughes H, Hibbert A, Blackwell E, Finch NC. Owners’ experiences of caring for cats with chronic kidney disease in the UK. Journal of Feline Medicine and Surgery. 2025;27(4).
英国で慢性腎臓病の猫と暮らす飼い主さん100人を対象にした調査 -
Bennett NE, Fellows M, Gober MW, Spitznagel MB. Caregiver burden in cat owners: A qualitative study of chronic illness management. Human-Animal Interactions. 2026;14(1):0029.
慢性腎臓病など、慢性疾患の猫を介護する飼い主さんへの聞き取り調査